2017年4月21日金曜日

蓮實重彦著「伯爵夫人」新潮社を読んで

受賞会見が話題になった、昨年度の三島由紀夫賞受賞作です。

著者は元東大総長で、評論類には時々親しんでいるので、さて本書を開いてみると、
官能小説と見紛う扇情的な小説が現れて、正直面食らいました。

しかしそこは百戦錬磨のつわもの、一見ポルノを思わせる刺激的な表現で読者を
弄びながら、計算ずくの仕掛けがあちこちに仕組まれた上に、幅広い教養に裏打ち
された装飾性たっぷりの表現で、読む者を幻惑あるいは夢見心地にさせ、読後は
何か夜霧の中に一人置き去りにされたような頼りなさが残ります。

それは蓮實が、どうしてこのような小説を書いたのだろうという思いにつながり、
自然に著者が本書で何を描きたかったのかという方向に、私の関心は流れて行き
ました。

この小説は、大学受験を間近に控えた華族の子息二朗を主人公に、日米開戦の
当日の夢ともうつつともつかぬ一日を描きますが、描写されているのは、ほとんどが
性的な事象と戦争です。全編の大部分が二朗の夢とも解釈出来るので、戦時色の
濃い時代の上層階級の二十歳前後の子弟の無意識の関心事、妄想とも取れます。

それにしても、好色な祖父の系譜を引き継ぐ、一見取り澄ました深窓の華族家庭、
それを取り巻くセクシーで魅力的な女たち、迷宮のようなホテル、近づく戦争の足音と、
舞台設定は魅惑に満ち、まるでセピア色の古い映画を観ているようです。

さらには、高貴さと猥褻さをない交ぜにして、ノスタルジーを搔き立てる手段として、
「見えているはずもない白っぽい空が奥行きもなく広がっているのが、首筋越しに
見えているような気が・・・」「勃起」「熟れたまんこ」「ぷへー」「ばふりばふり」の語句、
語彙、擬音語が繰り返し用いられています。

しかしこの夢の中の絢爛とした頽廃の世界が魅力的であればあるほど、私には
小説全体が敗戦の帰結の暗喩であるように感じられました。

安保関連法案の解釈改憲が現実のものとなり、憲法九条の改正が取り沙汰される
昨今、本書で著者が読者に想起させようとしたものは、自ずと明らかでしょう。

またこの小説のような、性的な表現の自由を駆使した創作が可能である社会を、
本書が全面的に肯定しようとしていることも、紛れも無い事実でしょう。

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