2015年12月10日木曜日

鷲田清一「折々のことば」244を読んで

2015年12月7日付け朝日新聞朝刊、鷲田清一「折々のことば」244に
京都生まれの経済学者大竹文雄の次のことばが引かれています。

 まちの人が求めるのは、そこにないもの。よその人が求めるのは、
 そこにあるもの。

このことばの説明に、京都人は、夏は蒸し暑く、冬は底冷えのする気候
ゆえに、温和な気候や空調のきいたマンション生活に憧れる、と述べられて
いますが、現代の京都に暮らす私としては、最近は温暖化の影響か寒さも
随分ましになり、また町家といえどもエアコンが設置されているので、かなり
過ごしやすくなりました。

またこの頃は市の中心部に、どんどんマンションが建設されているので、
そこに住む人々には、暑さ、寒さの悩みもそれほどではないでしょう。

それよりも私は、古い町家暮らしのわずらわしさとしては、あちこち老朽化
した箇所を補修しなければならないこと、季節季節の設えをかなり手を
抜いているとはいえ一応準備しなければならないこと、植木屋さんに
手伝ってもらいながらも庭の手入れをしなければならないこと、であると
実感しています。

しかしそれらの日々の義務や雑務には、わずらわしさと同時に、ふとした
喜びや、安らぎもあり、まんざら悪くはないとも感じます。

ましてや、よその人からそれらのことに関して感心されたり、ほめられると、
なんだかおもはゆく、満ち足りた気分になります。

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