2017年7月21日金曜日

二宮敦人著「最後の秘境 東京藝大」を読んで

一般にはあまり知られていない、東京藝大とはどんな所で、そこで学ぶ学生は如何なる
人々であるかを紹介する本です。

私は白生地の販売に携わっており、常日頃から芸大、美大の染織系の学部、学科の
先生、学生さんとは身近に接しているので、相対的にこれらの人々が決して特別な存在
ではなく、自らの創作、与えられた課題に真摯に取り組む、しかし普段の顔は一般と何ら
変わらない人々という印象を持っています。

とは言え、東京藝大は我が国唯一の国立芸術大学で、その歴史的経緯からも美術教育
の権威と見なされているので、一体それがどんな所か好奇心に突き動かされて、本書を
手に取りました。

まず興味深かったのは、同じ藝大でも美校と音校で学内の雰囲気も、先生、学生の気質
も、まったく性格を異にするということで、言うまでもなく、それぞれ美術と音楽を学ぶ訳
ですが、考えてみれば、芸術と一括りにするには両者は余りにも表現方法が違い、また
各々の存在の意味においても、自ずから学び、習熟するための方法が異なってくるので
しょう。

つまり美術分野においては、学生は創作のための基礎は先生に学ぶにしても、その次の
段階では新しい発想や、独自の表現方法の確立が求められるのであり、それだけに校風
として自由さに価値が置かれることになります。

それに対して音楽分野では、学生時代には楽器の演奏技術の習熟が大前提で、教員と
生徒との関係はより徒弟的となり、自由より規律が重んじられることになるのでしょう。

このある意味カラーの異なる両者が一つの大学として統合されているところが、面白く
感じられました。

本書は大部分が美校、音校の学生へのインタビューで構成されていますが、それらの声
を聴いて感じるのは、彼らが芸術を学ぶことを志し、藝大に進学した動機はそれぞれ
異なるにしても、彼らは意識するしないに関わらずものを作り、音楽で表現することを通し
て、自らが何者であるかを深く探究したいと、強く望んでいるということです。

音楽や美術が、人類の進化の過程の比較的初期に獲得された表現手段であるなら、
芸術系の大学に進む学生は、もしかしたら自らの心の声に耳を傾ける傾向の強い人々
かもしれない、そんなことを感じさせられました。

東京藝大では「藝祭」などの催しを通して、ある種気風の違う美校と音校の学生の交流を
促進する、取り組みも行われているといいます。芸術的創造の可能性を広げるという
意味で、この大学ならではの有意義な企画と感じました。

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