2017年6月4日日曜日

藤原辰史著「ナチスのキッチン「食べること」の環境史」を読んで

第1回(2013年度)河合隼雄学芸賞受賞作です。

私は家政学や栄養学、建築学に明るくないので、正直本書をどこまで理解出来たか、
分かりません。しかし読んでいて、大きな刺激を受けたのは確かです。以下そんな
素人の読者の感想を記してみたいと思います。

まず私にとっては、近現代史をこのような方法で読み解くことが出来るのかということが、
新鮮な驚きでした。なぜなら従来の経験からは、特に近現代史は国際関係や政治、
表立った社会の動きから、大きな流れに沿って捉えるものと、理解していたからです。

しかし本書は、キッチンという元来家庭内の私的な空間にひっそりと存在して来た
場所の、歴史的変遷を主題に据えることによって、これほど鮮やかにドイツにおける
近現代史を浮かび上がらせてみせたのです。私にとってこの読書は、一つの価値の
転換を促す体験でした。

さてこの本を読んで、身近に引き付けたところからまず感じたことは、今日私たちの
家庭でも日常のありふれた存在となり、現代的な生活の象徴となっているシステム
キッチンが、第一次世界大戦後のヴァイマル時代のドイツで、女性の自立のための
家事労働軽減を目的に誕生した事実から一目瞭然の、同じ全体主義という政治体制の
下、第二次世界大戦を枢軸国として戦った、日独両国の科学的近代国家としての
成熟度の差異です。

戦前戦中の我が国は、対外的には強力な軍備を有するアジア一の強国という地位を
築いていましたが、その反面国民一人一人の次元ではまだ多くの場合、生活や思想
心情において古い価値観を引き摺り、科学的思考や女性の地位向上という考え方は、
広く一般に認められるものではなかったと、思われます。

その当時においてドイツでは、家事というものを家政学や栄養学、建築学を駆使して
科学的に分析し、産業化も含め労働の合理化、省力化が追求されていたのです。

また外部から見れば、強制収容所の狂気に目を奪われ勝ちのナチズムも、キッチンと
いう視点から見ると、健康志向とエコロジーや合理性の追求という新たな相貌を現し、
これらの考え方はナチスの思想と深く結びついていることも、私にとっては大きな驚き
でした。

しかしこの現実は、ヴァイマルに始まる先進的で民主的な政治体制が、全体主義の
悪夢に変質する過程を示すものであり、我が国のような政治的に未成熟であった国が、
全体主義に押し流されるのとはまた違う、政治的な複雑さの帰結でもあります。

歴史理解の一筋縄ではいかぬところを、示してくれる好著です。

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