2016年12月4日日曜日

本谷有希子著 小説集「異類婚姻譚」を読んで

第154回芥川賞受賞の表題作を含む作品集です。本谷有希子の小説を読むのは
初めてですが、何故か表題作の作品名に惹かれて手に取りました。

まず冒頭の「異類婚姻譚」を読んで、他の3作品を読みました。全作を通読して、
日常における他者との関係の不思議さ、コミュニケーションのままなれなさを、
象徴的、寓意的に描く作家と感じました。

他の3作品では、表題作と同じ夫婦関係を描くという点でも、最後の「藁の夫」に
興味を持ちました。全身藁で出来上がっていて、その内部に夥しい小さな楽器が
詰め込まれている夫は何を意味するのか?人の恋情というものが内実を超越した
イメージによって支えられているということか?あるいは、小さな楽器は夫の
爽やかさを具象化させたもので、妻は彼のその部分に恋心を抱いたということか?
よくは分かりませんが、人が人に恋する心情のエッセンスを、温もりを保ちながらも
表面的に掬い取ったような趣があります。

さて表題作は、一緒に暮らすだけでは飽き足らず、心までも一つに溶け合って
しまいたいと欲望する夫に翻弄される妻の物語です。私も時折、容姿だけでは
なく、しゃべり方までよく似た夫婦にお目にかかることがあります。二人はきっと
仕合せなのだろうと思いつつ、第三者的立場から見るとやや刺激に欠けるのでは
ないかと想像したりもします。

また世間一般の夫婦が同じ屋根の下に暮らし、経済活動を共にし、家庭生活を
維持することを共通の目的にしているとしても、それぞれが心の中で考え、感じて
いることは、必ずしも同一ではないということも一つの事実でしょう。

考えてみれば、見ず知らずの男女が偶然に出会い、DNAを残すという生命の
法則によって惹かれ合い、文化的慣習から家庭を持っても、個人ととしての自我が
意識されるようになった社会では、夫婦という関係を長く維持するためには、
互いの相手に対する心の持ちようが重要な要件になって来るのでしょう。

つまり本作の夫の欲望は、夫婦関係においても妻に他者を感ぜざるを得ない
現代人の孤独の裏返しであり、それ故社会的疎外感からの逃避先として、妻との
心身共の融合を切望しているということではないでしょうか?

そのように考えると本作は、一見SF的で無機的な近未来の男女の恋情を描いて
いるように見せながら、従来最も親密な人間関係の一つと考えられて来た、
夫婦間の精神的絆にも忍び込み始めた絶対的な孤独を、造形化することに成功
しているのではないかと感じられて、うすら寒い思いがしました。

0 件のコメント:

コメントを投稿