2016年12月20日火曜日

大野裕之著「チャップリンとヒトラー メディアとイメージの世界大戦」を読んで

本書を読んで、チャップリンその人、映画「独裁者」、その当時の世界情勢について、
良くも悪くも先入観を見事に裏切られました。しかしそれは大変有意義なことで、
読書の醍醐味は全く新しい知識を得ることと、従来の価値観を覆される事実を
示されることであると、改めて気付かされました。

まずチャップリンについては、私も彼の数々の名作映画をスクリーンで観て、劇場
一体となった笑い、悲しみ、深い感動に包まれた経験を持つ人間の一人なので、
彼の映画俳優、監督及び総合映像作家としての才能は、十分承知しているつもりで
いました。

しかし彼の映画のイメージを構成している、独特の扮装、滑稽な仕草、演技の
即興的な性格から、私は彼に対して、直感に頼り、深く内省することのない、時流に
巧みに乗る術にたけた天才肌の芸人という人物像を、描き上げていました。また
多くの女性と浮名を流したという風聞も、彼への軟派なイメージを助長していたの
です。

しかし本書を読むと、彼が極貧の幼少期を経て映画界で才能を開花させて行く
過程で、曇りない社会批評精神を獲得し、反差別意識を醸成して、自身の映画に
その思想を反映させて行こうとした様子が、見て取れます。彼が映画制作において、
時の政治体制や世論の干渉に妥協しない硬骨漢であったことが、第一の驚き
でした。

「独裁者」の制作に当たっても、チャップリンはドイツで全体主義的な思想の下、
権力を掌握しつつあるヒトラーと自身の容姿が似ていることをヒントにして、
ファシズムを批判する映画を企図します。社会情勢に起因する数多くの困難を乗り
越えて、彼の映画作りに対する強いこだわりと完璧主義によって、脚本は幾度と
なく書き直され、カットの撮り直しも繰り返され後、ナチスがヨーロッパを蹂躙する
中で、ようやく完成を見ます。作品の素晴らしさから想像も出来ない制作の苦労談が
第二の驚きでした。

最も大きかった第三の驚きは、「独裁者」を取り巻く当時のアメリカの社会情況で、
ドイツでこの映画の制作が非難されたのは私の理解の範疇ですが、アメリカに
おいても制作準備の段階では、反共、ユダヤ人への偏見という意識や、経済的な
つながりという観点から親ヒトラーの気分がみなぎり、制作を妨害しようとする政治的
干渉や、一般人からの批判が寄せられた、といいます。この反共への意志は、
「独裁者」の興行的成功、対独戦勝利後もこの国の底流を形成し続けて、後の
チャップリン国外追放へとつながって行きます。

第二次世界大戦の敗戦後の東西冷戦期に、アメリカの庇護の下にあると感じながら
日本に暮らして来た私には、想像だに出来なかった当時のアメリカの国内情勢の
一つの事実を知り、文字通り蒙を開かれる思いがしました。

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