2016年2月2日火曜日

漱石「門」における、坂井から安井帰京の事実を知らされた宗助の衝撃

2016年1月29日付け朝日新聞朝刊、夏目漱石「門」105年ぶり連載
(第八十三回)に、大家の坂井からまったく予期せぬ安井の帰京を聞かされた
後、御米を目の前にした宗助の心の激しい揺れを記する、次の文章が
あります。

「 この二、三年の月日で漸く癒り掛けた創口が、急に疼き始めた。疼くに
伴れて熱って来た。再び創口が裂けて、毒のある風が容赦なく吹き込み
そうになった。宗助は一層のこと、万事を御米に打ち明けて、共に苦しみを
分ってもらおうかと思った。
 「御米、御米」と二声呼んだ。
 御米はすぐ枕元へ来て、上から覗き込むように宗助を見た。宗助は夜具の
襟から顔を全く出した。次の間の灯が御米の頬を半分照らしていた。
 「熱い湯を一杯貰おう」
 宗助はとうとう言おうとした事を言い切る勇気を失って、嘘を吐いて
胡魔化した。」

宗助にとっては、突然のあの安井の出現は、さぞ衝撃的な出来事だったで
しょう。しかしどうして、この試練をすぐさま御米と共有して、手を携え
立ち向かう気持ちにはならなかったのでしょうか?

それはもち論、精神的に繊細で病弱な御米を気遣ったのに違いありません。
自分の受けたショックが大きければ大きいほど、彼はその事実を妻には
到底伝えられなかったのでしょう。

漱石の主人公は、心が傷付きやすく、その優しさゆえに、かえって自ら深い
孤独に陥ってしまうところがあるように感じます。

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