2021年4月9日金曜日

舟木享著「死の病いと生の哲学」を読んで

哲学者が癌に冒され、その闘病生活において、死と生と病について巡らせた思索を、徒然に 記した書です。 私は正に彼の後を追うように、同じ大腸癌の手術、抗癌剤治療を受けた身なので、生々しく 切実な想いを持って、本書を読み終えました。私自身は、著者のように豊富な哲学の学識が ある訳ではなく、自分の病の状況を彼ほど的確に考察出来はしませんが、彼の思索に深く 共感する部分もあり、また、自分とは感じ方が違うと思った部分も、ありました。 まず共感する箇所としては、人は「健康な人の国」と「病気の人の国」のいずれかに属し、 後者に属する者が、死と生について真摯で根本的な思考をすることが出来るという部分で、 私自身の感覚としても、癌の発見によって、唐突に病人の境遇に突き落とされ、術後の鋭い 痛み、再発防止のための抗癌剤治療による継続的な肉体的苦痛に耐えながら、今まで考えも しなかった自らの死の現場を、リアリティーを持って思い浮かべた時、死というものが私に とって、ずっと身近なものになったと実感したのです。 私は今現在まだ、あるいはこれから先も、著者のように死生についての深い考察に至るかは 分かりませんが、少なくともこれから残された人生において、自らの行動や思考が、死に よって規定されることは避けられないと感じました。これこそが私にとっての、癌を患う ことによる、思考の劇的転換であると思います。 逆に著者と感じ方が違うと思った箇所は、恐らく著者と私の病状の重篤度の違いもあるので しょうが、私の癌は医師の見立てを信じる限り、完治が可能なもので、私自身その希望を 持って治療を受け、従って医師の治療方針にも信頼を寄せています。 他方著者は、治療中に他の部位の癌が発見されたこともあって、治療方針に不信を抱いて いるところがあります。この違いは、著者の孤独感や人間不審を深めていると感じられ ます。この部分についてはあくまで、置かれた状況の違いやそれによる感じ方の違いが 大きく作用し、私にしても病状が変化すれば、著者の感じ方に近づくかも知れません。 ただ病というものが、ともすれば人間を絶望に陥れ、治癒以外でそれを癒してくれるもの は、現代社会では、人と人の絆と信頼感しかないのだろうと、改めて感じさせられました。

0 件のコメント:

コメントを投稿