2015年9月14日月曜日

西加奈子著「サラバ!㊦」を読んで

自己顕示欲が強くわがままな母、劣等感の塊で奇行に走り、ことごとく母と
対立する姉、二人の間をおろおろしながら揺れ動き、遂には逃げ出して
しまった優しい父。そんな家族に挟まれてひたすら受け身に、我慢強く
生きて来た歩は、家庭崩壊後、鋭い感性によってようやく、フリーライターと
して社会での居場所を見つけたかに見えます。

しかし㊦では、彼の存在価値が音を立てて崩れて行きます。自分の頼む
ところであったものに陰りの兆しが見え始め、仕事はスランプに陥り、
次第に自信を失って、心を許す友人の親身になった言葉さえ疎ましく
感じられ、世間との交渉を絶つようになります。

しかしそこで、彼が目を見開くきっかけを与えてくれたのは、見違えるような
落ち着きと自信を身にまとってアメリカ人の夫と帰国した、誰あろう姉だった
のです。

家族というものは、なまじ血を分け合った複数の人間が、一軒の家に同居し
長く一緒に暮らすだけに、往々にして同一の価値観を共有し、互いの考える
ことをそれぞれが十分に理解していると考え勝ちです。またそれゆえに、
とかく相手の行為を自己の価値基準で判断して賛否を判定したり、自分の
思い込みで相手の行動を解釈したりすることになります。

姉の示唆によってまず歩が取り掛かったのは、両親の離婚の真相を知ること
でした。そして離婚の原因が特異な家族関係にあるのではなく、また両親の
一方に根本的な非があるのではないことを知ります。

次に彼が向かったのは、「アラブの春」の動乱に揺れる、小学生時代を
過ごしたエジプトのカイロでした。そこで彼は、かつて「サラバ!」の合言葉で
友情を深め合った、ヤコブの年月を経ても変わらぬ姿を見出します・・・

人は生まれながらにして社会的存在であるだけに、様々な人間関係の干渉、
軋轢の中に成長を遂げます。さらに経済成長後の少子化が進む我が国では、
子供の人格形成に強い影響を与える親子の関係が、ますます単純なもの
ではなくなって来ているように感じられます。

おまけに社会は高度情報化時代に突入して、価値の変転が目まぐるしい。
今を生きる若い人は、生きて行く上で自分のよって立つところを、なかなか
見出せなくなって来ているのではないでしょうか?

本書の主人公が「サラバ!」を再発見する旅は、彼らへの応援歌となる
でしょう。同時に若かりし日の我々の逡巡を思い起こさせて、私たちを
鼓舞する歌にもなり得ると、感じました。

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