2018年1月26日金曜日

谷崎潤一郎著「細雪(中)」新潮文庫版を読んで

細雪(中)で最も印象に残るのは、大水害の描写です。この水害は、昭和13年7月5日
に実際に阪神地方を襲った災害で、神戸市内の山津波を初め、この一帯に甚大な
被害をもたらしたと言います。

私の生まれる以前の災害ですが、あの阪神淡路大震災の時に、今回の地震が阪神
地方にとっては、この大水害以来の災厄であるということを、確か聞いた覚えがあり
ます。

折しも近年の異常気象によって、各地で50年に一度といわれるような大量の降雨が
記録され、頻繁に水害の報道にも接する今日、本書のリアルな水害描写はより切実
なものと感じられました。

登場人物は最早それ以上どこにも避難出来ない情況で、刻一刻と水かさが増し、
身の危険が切迫する様子を臨場感をもって描く迫真の描写は、私には下手な災害
啓発映像よりも、十分説得力があると感じられました。

本書の主人公の四姉妹のうち、(中)では四女妙子の行状が中心に描かれます。
彼女は旧家の娘でありながら、家業が傾き始めた時分に生まれた末っ子ということ
もあってか、他の3人に比べて自立心もあり、手先も器用なので、自ら生計を立てる
ことを志します。

また恋愛に対しても当時の良家の子女としては奔放で、駆け落ち事件を起こしたり、
身分の違う男性と結婚を希望したりします。

それが価値観の違う他の三姉妹や家族との軋轢を生みますが、妙子が自分の意志
を通そうとして自分勝手な都合のいい振舞いをするにも係わらず、一方彼女には
他の皆の立場に対する配慮があり、恐らく育ちの良さから来るのだろう、どことなく
憎めない愛嬌があります。

また三姉妹や家族にとっても、彼女に振り回されながら可愛い末の妹のことを愛し、
世間体を気に掛けながらも幸福な人生を送ることを願っています。

この互いに相容れない部分がありながらも相手のことを思い、ひとたび集えば仲
睦まじく過ごす穏やかな様子の姉妹の姿に、古き良き日本的な美徳、たおやかさを
見る思いがして、心が和みました。

0 件のコメント:

コメントを投稿