2018年1月20日土曜日

谷崎潤一郎著「細雪(上)」新潮文庫版を読んで

谷崎の代表作である「細雪」は、かねてより一度読みたいと思って来ましたが、
新潮文庫版で3冊からなる浩瀚さにこれまで躊躇していました。ここに来て読みたい
欲求の方が勝り、思い切ってページを開きました。

まず読み始めて気づいたのは、この小説の文章が余韻の残る味わい深いもので
ありながら、融通無碍とでもいうように、抵抗感なくすらすらと読めるところで、緩やか
に流れる物語の時間の中で、正に文体が作品の雰囲気を形作っていると感じられて、
谷崎の優れた小説家である一つの所以を知ることが出来た気がしました。

「細雪」は、大阪船場の旧家の四姉妹のある時期の日常を切り取った作品ですが、
この小説が上流階級の生活を描くことによって、日本的な美意識や情緒、一般にも
通じる人々の日々の哀歓を巧みに浮かび上がらせることに成功していると感じさせる
のは、一つは、船場という商人の町に出自を持つ一家を題材に選んでいること、二つ
目は、しかしその家運が隆盛ではなく衰退の予感が通奏低音となって流れていること、
三つ目には、昭和初期という都市の上流階級にとっては古き良き時代を描いている
こと、が挙げられると思います。

つまり裕福とは言え、商人の子女の家庭生活を扱うことは、取り澄ましたところの
少ない、より本音に沿った生き方を描くことになり、衰微の運命は人生に付き物の
哀愁を漂わせ、それでいて姉妹のかつて育って来た豊かな家庭環境は、日本的な
美を味わうための素養を彼女たちに与えているからです。

本書にこのような設定を施すことによって、工むと工まざるに関わらず谷崎は、第二次
大戦後に一時全面的に否定されることになった、戦前のある時期のこの国の美風を
見事に活写したと、私には感じられました。

無論この小説を語る上で欠くことが出来ないのは、主人公である姉妹の魅力的な
キャラクターで、特に(上)では三女雪子の心優しく、内気で自己主張が苦手、それ故
姉たちに幼い姪の世話などを都合よくさせられて婚期を逃していますが、ある見合い
に際して相手の男性の不躾な態度にきっぱりと否定の意志表示をする場面に、彼女の
置かれた状況の中で決してわがままを言うのではないが、しなやかに自分の意志を
通す生き方を見て、かつての日本女性の賢明な智恵の働きを思い起こさせられる気が
しました。

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