2016年10月12日水曜日

水木しげる著「のんのんばあとオレ」ちくま文庫を読んで

先般亡くなった妖怪マンガの第一人者、水木しげるの幼年から少年時代の回想記
です。

実は、私は水木の「墓場の鬼太郎」が週刊少年マガジンに連載された第一回の、
体が溶ける病で死んだ鬼太郎の父親の、全身包帯に覆われ、朽ちかけたむくろの
顔の部分から、息子の行く末を案じて眼球が滴り落ちて、目玉おやじになる場面の
不吉さ、異様さを鮮明に記憶しています。

当時、サンデー、マガジンなど少年マンガ雑誌を幾つも愛読していたので、数々の
連載マンガを目にしましたが、鬼太郎の印象は一種独特で、鮮烈でした。

武良少年(後の水木しげる)は宍道湖、中海にほど近い鳥取県境港で生を受け、
水路を隔てた向かいは神の国として古くからの伝承や、民話も多い島根県で、
自然への恐れや、信仰が多く残る環境で育ったといいます。

彼の幼少期には、「のんのんばあ」という神仏に仕えるおばあさんが世話係として
付き添い、彼に様々の妖怪の話を聞かせたそうです。

この体験が彼の異世界や、妖怪への興味の原点となり、長じて妖怪マンガを描く
ことにつながって行きますが、幼時に培った感性をすくすくと伸ばして行った
ところに、彼の飛び切りの純粋さ、率直さを感じます。

他方、いかにも男の子らしい力への信仰と、枠にはめられることを嫌う性格は、
彼をガキ大将へと押し上げますが、子分を従えることの苦労も身に染みます。

この親分肌の正義感、優しさも、彼のマンガの悪を懲らしめる場面などに、反映
されているようにも感じられました。

また彼は少年期より、自家製の絵本や、物語作りに励んだのみならず、貝や昆虫、
動物の骨、さらには各種様々の新聞の題字部分の蒐集など、気に入ったものを
集めるのに、並外れた集中力と情熱を傾けたといいます。

この蒐集癖も、彼が様々の妖怪を描き続けて行くための前提をなす、
妖怪コレクションの基盤となっているように思われました。

全編を通して少々のはったりも含めて、いかにも子供らしく率直で生き生きとした
自身の生活が語られています。

今日では失われてしまった、彼の貴重な幼少時体験や生活環境にノスタルジーを
感じつつ、いつの時代にも困難や苦しみを伴う実人生において、自らの意志を
貫徹した彼の心意気の原点を、見る思いがしました。

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