2015年8月3日月曜日

漱石「それから」における、ついに兄嫁に思いのたけを語った代助

2015年8月3日付け朝日新聞朝刊、夏目漱石「それから」106年ぶり連載
(第八十六回)に、佐川の令嬢との縁談を断るために、自らの思いを兄嫁に
打ち明けた代助の、心の有り様を投影した次の情景描写があります。

「練兵場の横を通るとき、重い雲が西で切れて、梅雨には珍らしい夕陽が、
真赤になって広い原一面を照らしていた。それが向を行く車の輪に中って、
輪が回る度に鋼鉄の如く光った。車は遠い原の中に小さく見えた。原は
車の小さく見えるほど、広かった。日は血のように毒々しく照った。代助は
この光景を斜めに見ながら、風を切って電車に持って行かれた。」

代助は遂に、父に抗う自身の意志を、実家の人たちにぶつける決意を
固めたのです。それまでの彼は自らの気楽で、恵まれた境遇を守るために、
彼が早急にしかるべき結婚をすることを望む実父に対して、はぐらかす
ような曖昧な返答を繰り返して来ました。

しかし、自分が現実に愛する女性を見出した時、彼は一転保身のための
態度を振り払って、あえて不利な立場に身を置くことに決めたのです。

彼の退路を断った高揚した気分は、ちょうど前記の情景描写の中の
真っ赤な夕日を浴びた小さく見える車の輪として、表現されているのでは
ないでしょうか?

漱石の情景描写には、時としてハッとさせられるような詩的で、美しい
表現がひそんでいることが有ります。

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