2025年3月27日木曜日

「鷲田清一折々のことば」3271を読んで

2024年11月22日付け朝日新聞朝刊、「鷲田清一折々のことば」3271では 詩人、批評家大岡信の『肉眼の思想』から、次の言葉が取り上げられています。    専門家とアマチュアの区別は、作品の質    の良し悪しとは別個である。 この詩人は、「先人たちの仕事の累積の中に自己自身を自覚的に位置づける意思と実行力を 持つ者」が専門家であると、考えていたようです。しかも「歴史を踏まえているというにとど まらず、つねにそれらに厳しく対峙するような緊張の中にいるということだと」 これはもっともな言だと思います。専門家であるためには、自分の技量、知識量の高さは言う までもなく、しかもこれらは、その分野の伝統に培われたものを熟知、体感して、その前提の 上に築き上げられ、蓄積された種類のものでなければならないでしょう。 昨今は、今成というか、生半可に技術や知識を習得して、それで専門家然と振る舞う人も見受 けられますが、結局のところ、蓄積されたものの裏付けや、それを基盤とする矜持や覚悟が なければ、直ぐにメッキは剥がれるものだと思います。 私も自分の商いという、限られた小さな分野においては、少なくとも、専門家的でありたいと 考えています。

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