2017年10月17日火曜日

カズオ・イシグロのノーベル文学賞受賞に寄せて

イギリスの作家カズオ・イシグロの本年度ノーベル文学賞受賞が決定しましたが、
私は彼の作品をこれまでに読んで、その小説の魅力にすっかり引き込まれて来た
者として、その受賞をことのほか嬉しく思いました。

彼の作品では「日の名残り」が一番好きで、第二次世界大戦前夜イギリスの政治を
リードした貴族政治家の栄光と挫折を、その執事として長年仕えた主人公が回想
する苦い郷愁に満たされた物語に、イギリス的な伝統に則った実直さ、そしてもしか
すると、作者の身中に流れる日本人的な心情が、主人公の抱く主人に対する忠誠心
に共感を持って、丁寧にストーリーを紡ぎ出させて行く様子に、愛おしさと好ましさを
感じるからです。

私は常々、自分が感銘を受けた文学作品などを、些細なことでも自身の人生と
重ねて感じ取る性癖があるので、今回は「日の名残り」の元執事の回想から、
私たちの営む白生地店の来し方についても、思いを巡らさずにはいられません
でした。

バブル崩壊後、阪神淡路大震災を経て、人々の呉服離れが急激に加速し、これから
どのようにして商売を続けて行くかと立ち止まっていた時に、折しも着物に造詣の
深い文筆家清野恵理子様より、帯揚の誂え染めの御依頼を受け、清野様の
ご尽力でその経緯が婦人雑誌等に紹介されることによって、私たちの店に誂え
染めの帯揚げという新たな商品部門が生まれました。

正に人生も、商売も人との出会い、「日の名残り」の主人公のようなほろ苦い回顧
とは限らず、時として自らの来し方を振り返ってみることは、色々な意味で自分の
人生の意味を再確認することだと、改めて感じました。

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