2025年4月25日金曜日
洲之内徹著「気まぐれ美術館」を読んで
画廊主、小説家、エッセイスト洲之内徹の「芸術新潮」人気連載をまとめて、書籍化した本です。
彼が美術に造詣が深いのは言うに及ばず、左翼運動で戦前に投獄され、敗戦後には貧しさから家族離散を
経験するなど、その波乱に富んだ経歴によって培われた独特の美術観も相まって、他の追随を許さない
ユニークな美術エッセイになっています。
私小説的美術エッセイとも言われ、美術の話よりも、直接的に関係の無い個人的体験が主な話題になって
いる回も見受けられますが、私が興味を引かれたのはやはり、絵画、画家にまつわる話題で、画廊主とい
う立場の人間のそれらへの濃密な関わり方が、一番印象に残りました。
まず気を引かれたのは、林倭衛の1919年の絵画「出獄の日のO氏」という油絵作品(モノクロの図版有り)
です。さてO氏とは、関東大震災直後憲兵に連行され、虐殺された、無政府主義者大杉栄で、この半身の
肖像画も頬のこけた痩身で、意志の強そうな眼光はあくまで鋭く、一種鬼気迫る面構えになっています。
この作品は、倭衛によって二科展に出品されようとしましたが、当局に阻止され、それに抗議して大杉が
展覧会に突入を画策した逸話もあります。しかし以降画家本人の元に秘蔵されていたことになっていま
したが、実は戦前の内務省警保局長の人物が長くこの作品を所持し、後に二・二六事件が起こるなど世相
が不穏になってきたので、立場上絵を倭衛に返したといいます。
その経緯を知った洲之内が、以前「芸術新潮」に書いた記事が再び話題になって、この連載で再度取り上
げています。一枚の絵画の数奇な運命と洲之内自身の過去が微妙に重なって、味わい深いエッセイになっ
ています。
次に無名の内に癌で夭折した、田畑あきら子という画家について。洲之内は、遺稿集である彼女の詩画集
をもらって、その魅力の虜になり、彼女の地元の新潟の美術館でも素描作品を観て確信を深め、彼女の姉
の家を訪れて油絵の作品を観ます。その時、姉から彼女の最後の様子を聞いて、彼女の残した詩、絵、
言葉から、彼女の芸術に対する思索を深めるのです。田畑あきら子の残した言葉、ー美しきもの見し人は、
はや死の手にぞわたされけりーが心に刺さりました。
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