2024年2月22日木曜日

沢木耕太郎著「深夜特急1 香港・マカオ」を読んで

若き沢木耕太郎の代表作「深夜特急」三部作の第一部、『深夜特急第一便」の前半部分、“インドのデリー からイギリスのロンドンまで、乗り合いバスで行ってみたいと思い立ち、26歳で仕事をすべて投げ出して旅 に出た”著者の、最初の訪問地香港・マカオでの体験を記した書です。 行動派の著者特有の当たって砕ける無鉄砲さが清々しく、それでいて自分を客観視出来る冷静さや思慮、行 きずりの人をも思い遣る優しさがあって、この紀行文に独特の魅力を添えています。 今から約50年前のことなので、本書に記された現地の状況もかなり変化していると推察されますが、その 土地や現地の人々が醸し出す、今に変わらぬ特色や気質が活写されていると思われ、また当地での著者の 体験の中に、人間という存在の普遍的なものが顔をのぞかせていると感じられて、興味深い読書体験でした。 さて香港到着後著者はひょんなことから、「黄金宮殿」という立派な名前の宿屋を紹介されて泊まることに なりますが、直にこの宿はラブホテルと思しき安宿であることが判明します。しかし、現地の庶民の隠れ家 的な安価な宿に潜り込めたことによって、滞在中腰を落ち着けてゆっくりと住民と交流し、名所を巡り、 食事、酒を楽しむことが出来たのでした。 これはツアーで回る一般の観光客には絶対に味わえない体験で、本書の大きな魅力の一つになっています。 この宿にまつわるエピソードの中で、一番心に残るのは、宿に入り浸る21歳の娼婦が著者に興味を抱き、彼 の部屋を訪れる場面で、互いに言葉は通じず、手探りで相手の気持ちを知ろうとするところが初々しく、 結局体を触れ合うことも無く、彼女が部屋を出て行く姿に、甘酸っぱい余韻が残りました。 しかし本書におけるハイライトは、著者がマカオのカジノでゲームに興じる場面で、彼は「大小(タイスウ)」 という器具を用いたサイコロ賭博を試みるのですが、やっているうちにディーラーの駆け引きの癖や、場に 居合わせる他の客を含めた勝負の雰囲気から、次第にサイの目が読める手応えを感じ、どんどんのめり込んで 行きます。著者は幸い、最後に巻き返してわずかな損失でその場を切り抜けることが出来ましたが、臨場感溢 れる描写で、賭博のヒリヒリするような魅力、恐ろしさを、たっぷりと味わわせてくれました。 今まで賭博に惹かれる人の心理が全く理解出来なかった私は、本書のこの場面を読んで、賭博の醍醐味は、我々 の人生において大きな決断をしなければならない場面を、疑似体験させてくれることにあるのかも知れないと 感じました。

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