2023年11月8日水曜日

トルーマン・カポーティ著「冷血」を読んで

徹底的な取材によって蓄積された膨大なデータを用い、現実を克明に再現した、ニュージャーナリズムの源流 とされる、アメリカのノンフィクション・ノヴェルの代表的名作です。 カンザス州で起きた、一家4人惨殺事件を題材としていますが、事件発生に至る経緯から、犯人の処刑までを 丹念に描写し、一つの事件を当時の社会的背景も含めて、細部に至るまで執拗に描き出すことによって、私たち の生きる社会の摂理、普遍的な人間存在の本質に迫る物語になっていると感じられます。 まず私が思いを馳せたのは、被害者家族の運命についてです。殺害されたクラッター家の主人は、熱心なメゾチ スト派クリスチャンの裕福な篤農家で、周辺住民の信望も集めています。彼の妻は病弱で、それがクラッター氏 の悩みでもありますが、16歳15歳の娘、息子も含め、申し分ない仲の良い家族です。 この4人が、見ず知らずのペリー、ディックの2人組によって、手足を縛り上げられた上、頭部を至近距離から 散弾銃で撃ち抜かれて殺害されたのですが、彼らが狙われた理由は、ディックが刑務所で同じ時期に収監されて いた男から、以前その男が一時働いていた、クラッター家の農場の噂話を聞いたためでした。 その話も、男が農場でクラッター氏に厚遇されたことによる、単なる自慢話だったのですが、それが結果的に 災難を招くことになります。この人生の不条理!クラッター氏に過失があるとすれば、夜に家の出入り口に鍵を かけていなかったことだけです。 これは昨年我が国で世間を騒がせた、裏社会で出回るリストを利用した、闇バイトによる強盗殺人にも通じる ものですが、この社会に理不尽な出来事は確かに存在します。防犯の注意は怠るべきではありませんが、運命を 決めるのは最終的には運、不運かもしれません。ただこの物語における数少ない救いは、ディックがクラッター 家襲撃を仄めかせていたという前述の男の証言によって、2人組の凶悪な殺人者が逮捕されたことです。 犯人のもう1人ペリーは、粗暴な白人の父と、後に飲酒に溺れることになる先住民の母の間に生まれ、家庭は幼少 より崩壊し、肉親の愛情を知らず、貧困、差別、更には肉体的欠陥もあって過酷な少年時代を過ごしました。 物心つく頃から犯罪に手を染め、この事件でも、被害者4人に実際に銃を向け殺害する役割を担います。 しかし本書を読み進めると、彼が内心には傷つきやすく、優しい心を持ち合わせ、絞首刑の直前には、被害者に 謝罪の言葉を述べる様子が描写されます。人間の生い立ちが、その後の人生にいかに影を落とすかということ、 また、死刑制度の是非について考えさせられました。

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