2024年11月20日水曜日
「鷲田清一折々のことば」3136を読んで
2024年7月5日付け朝日新聞朝刊、「鷲田清一折々のことば」3136では
米国の政治学者ニコラス・クセノスの『稀少性と欲望の近代』から、次の言葉が取り上げられています。
私たちは、豊かさの中から稀少性に満ち
た社会を創り出してきたのである。
これだけでは、少し意味が分かりにくいですが、満ち足りた豊かな社会で、新たな需要を生み出すため
には、稀少性という購買力を喚起する原動力が必要であると、いうことのようです。
なるほど経済活動においては、本当に食料、物が欠乏している時には、欲望は自然に喚起されて、黙っ
ていてもそれらのものは消費されて行きます。例えばよく言われる例えで、喉の渇いた人には、一杯の
水が何より貴重であり、空腹を抱える人には、一片のパンが喉から手が出るくらいに求められるでしょ
う。
ところが人々の衣食住が一定程度満たされると、何も働きかけなければ、新たに物を求める衝動は、
簡単には喚起されないでしょう。そこで人々に商品を求める欲望を生み出すために、稀少性という魔法
が必要になります。
つまり、今買わなければ、これから二度と手に入らないとか、今のうちに買っておけば、価値が上がっ
て、後には高く売れるとかの、その品物にまつわる但し書きです。
私たちの資本主義社会は、このようにして延々と需要を喚起して来たのです。では私たちは、このよう
な誘惑にどのように対処すれば良いのか?
手を替え品を替えて、宣伝される情報に振り回されていては、お金がいくらあっても足りないし、後から
むなしさに囚われるかも知れません。そのような社会の仕組みを知って、喧噪から少し距離を置き、適度
に資本主義社会の利便性や、ほどほどに欲望の充足を享受しながら、堅実な生活を送ることが必要なので
はないでしょうか?
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