2024年8月30日付け朝日新聞朝刊、「鷲田清一折々のことば」3190では
仏文学者生島遼一の『鴨涯日日』から、友人の中国文学者吉川幸次郎の次の言葉が取り上げられ
ています。
「無用の事を為さずんば何をもって有限
の生を遣らん」
吉川から著書が届き、礼状を出したら上記の言葉を含む返事が来た、ということのようです。
この場合鷲田が記すように、「無用」は謙遜であっても、この心構えは敬服に値すると思います。
私たちは、日々の雑用、雑念にかまけて、ついつい人生が有限であることを忘れがちです。その
結果、瞬時の感情や短慮に動かされて、いたずらに右往左往してしまうのではないでしょうか?
ここに言う「無用」は本質的に無駄なことではなくて、熟慮の上に損得を越えて為すべきことで
しょう。それは、人生が限られたものであるということを十分に自覚した上に、目先の利益に
囚われず為すべきことであると考えます。
そのような心構えで日々を過ごせれば、きっと自分の人生の最後を迎えたときに、充実した生で
あったと、思い返せるに違いありません。
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