2024年5月10日金曜日

色川武大著「狂人日記」を読んで

色川武大の本を初めて読みました。私にはこの作家の別ペンネームである、阿佐田哲也での著作「麻雀放浪記」 などのイメージの方が、強くあります。 それで、大衆的作品を描く無頼派小説家の先入観を拭えないで読み始めましたが、直ぐにこの作品は、人間存在 の本質を捉えようとする、本格的な純文学小説であることに気づかされました。 署名からして、「狂人日記」とセンセーショナルですが、主人公は自分が狂人であると信じて精神病院に自主的 に入院した、50歳代の独身の男です。 無論彼には、異常と思われる自覚症状があり、また周囲から見れば、奇行や度を超した精神の昂ぶりが観察され ますが、読者である私には、辛い生い立ちや不幸な人生体験から鑑みて、彼が一般の人間より少し感受性が強く、 神経過敏であるだけで、もし我々も彼と同じ立場に置かれたら、このように尋常ならざる精神状態に陥ることも 十分にあり得ることだ、と感じました。つまり私は、彼の思考や一挙手一投足に感情移入して、本書を読み進めた のです。 そのような観点から、彼が同じ病院の入院患者である、若い女性圭子に導かれて退院、同棲を経て死を迎える経緯 を見ると、彼を苦しめているのは、自分が社会生活に順応出来ないことや、夫又は長男として、家族を扶養出来 ない劣等感、後ろめたさであることが分かります。 彼は退院後、圭子の労働と献身的な介護、そして実の弟の経済的援助によって、生活を維持することが出来ますが、 その状態は一見恵まれているように見えて、彼にとって、申し訳なさに身を切られるような酷薄なものでした。 ただ病院内とは違って、彼の圭子や弟に対する負い目が増していくに連れて、彼の内面の妄想は減退して行きます。 これは彼が、他者の想いに意識を集中する余りに、自分自身を狂わせる余裕を失っているように思われます。 結局彼は、圭子への愛と優しさ故に、自らの生を終わらせることになりますが、最後まで彼が、男らしさの桎梏の 価値観から抜け出せなかったことが、大変哀れに感じられました。 かく言う私も、もし自分がこのような立場に置かれたら、泰然と状況を受容する余裕があるとはとても思えません が、本書は、一般の社会生活から逸脱した狂人に託して、男らしさを求められる日本の男性の生き辛さ、またそれ に対する女性のたくましさ、更には、精神病者など社会的弱者の置かれた厳しい状況を訴えかける、深い問題意識 を含む書であると感じました。

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