2023年12月6日水曜日

川上未映子著「黄色い家」を読んで

まず率直な感想から述べると、これほど心優しく、生真面目な少女を主人公にした、ピカレスク小説を読んだ ことがないということです。そしてこの小説が描く世界が私たちの生活のすぐ近く、いやほんの足下に存在し ながら、私たちが気づかずにいる、あるいは目を背けている世界であるということです。 例えば、闇バイトで集められた若者たちを実行犯とする、組織的なグループの振り込め詐欺の犯罪が明らかに なった時、私たちは真っ先に、同様の被害に遭わないために警戒感を強め、他方犯人については、自分とは 全く縁のない特異な人間たちとして関心を示しません。 しかしこの社会には、貧富の格差の拡大によって、生活に困窮する多くの人々がいて、彼らが高額の報酬を 当て込んで詐欺グループに加わるということが、現実に起こっています。そしてこの小説の主人公花は、正に そのような少女なのです。 彼女は、スナック勤めの身持ちの悪い母親の元、私生児として育ち、中学生の時に母の愛人に、アルバイトで 必死に貯めた金を盗まれて、家を飛び出します。絵に描いたような薄幸の少女ですが、彼女を受け入れるのが 母親の友人という、謎に満ちた女性黄美子です。正に黄美子は、この小説の鍵となる人物です。 花は家事能力のない実の母に対して、黄美子がとりあえず冷蔵庫を食べ物で満たしてくれ、部屋を整理整頓し てくれることに、自身の価値観との親近感や、今まで味わったことのない母性を、感じ取ったのではないで しょうか? 以降花は、黄美子という存在を象徴する「黄色い家」での、黄美子、花、他の二人の少女との共同生活を維持 するために、カード詐欺に加担する泥沼にはまって行きます。カード詐欺という行為に至る花の心理、また 犯罪がエスカレートして行く場面での彼女の心の高揚、焦り、そして次第に精神的に追い詰められて行く様子 は、現実の振り込め詐欺事件の末端の犯罪行為者である、若者たちと見事にシンクロします。 つまり、経済的困窮から、その詐欺行為自体がシステム化されているために、あまり罪悪感なしに犯罪に手を 染め、次第に抜けられなくなって行く様子のように・・・。 私たちは、花を責めることが出来るでしょうか?彼女こそ被害者ではないでしょうか?シンプルだけれど、 真面目に努力する人が、報われる社会であってほしいと思いますし、著者は決して声高にはならず、私たちの 社会の矛盾を告発しているのではないかと考えます。

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