2015年2月20日金曜日

アゴタ・クリストフ著「悪童日記」を読んで

第二次世界大戦前後の戦渦と、激動する社会情勢に翻弄される人々を
題材とした小説は数多ありますが、この作品は、読む者に極めて特殊な
印象と読後感をもたらす小説です。

本作の主人公である双子の少年は最初、戦闘の次第に激しくなる
都会から、田舎で孤独に暮らす底意地の悪そうな母方の祖母に、無理矢理
預けられるいたいけな少年たちとして登場しますが、彼らが同年輩の普通の
少年と著しく特徴を異にするのは、彼らが並の大人を軽々と凌駕する冷徹で
鋭利な頭脳、何事にも動じない強靭な意志と行動力を持っているからです。

しかも彼らは、一般の道徳観念には縛られない特殊の倫理観で、一貫して
任務を遂行します。その姿は清々しくさえあります。

そしてさらに重要なのは、彼らがまるで二人が一つに合体したかのような
存在であること、一人一人が目的のために互いを肉体的、精神的に鍛え、
高め合いながら、またあらゆる困難に直面して一方が他方を守り、他方が
一方を補い、統一した考え方の下、一体となって行動することです。

この超然とした二人が次第にしたたかさを増し、ついには、どんな社会情勢
にも脅かされない存在者となって、過酷な戦争に振り回された挙句、我欲に
突き動かされ、あるいは自暴自棄に陥る銃後の人々の愚行を、一心同体の
視点で冷徹に見つめます。

本書では牧師、軍人、刑事が、特権的な立場の隠れ蓑をはがされて痴態を
露呈し、反対に日頃虐げられる貧しく被差別的な人々が、その境遇は
かえって悲惨さを増す中においても、自分自身の置かれた立場に対して
忠実に生きる人間として、ある種の親愛の情をもって描かれます。

それはあたかも大きな戦争のうねりの中で、大国に翻弄される著者の母国
ハンガリーの姿の写し鏡であるかのように、私には感じられました。

小国の立場から、あの世界大戦の実体を見事に描き切った、秀作です。

0 件のコメント:

コメントを投稿