2023年8月17日木曜日

丸谷才一著「忠臣蔵とは何か」を読んで

40年近く前の著作なので、現代の歴史解釈では、違う見解もあるかも知れません。しかし私にとって は、固定観念として持っていた、忠臣蔵というものの見方に、変更を余儀なくさせてくれる、刺激的 な書でした。 まず忠臣蔵のモチーフとなる、浅野内匠頭の刃傷事件と、その家来赤穂浪士達による吉良邸への討ち 入り事件、そしてそれらの実際の出来事が浄瑠璃、歌舞伎において、「忠臣蔵」として長く、いや 現在にまでも、広く庶民に愛好されることになる作品として成立する過程において、江戸期という 近世の時代の人々のものの考え方が、強く影響を及ぼしているという事実を、本書は筋道を立てて 説明してくれている、ということです。 それに対して私たちの固定観念では、主君の被った理不尽な事態に対する無念を晴らすために、敢え て幕府の掟に反して障害を乗り越え、首尾よく敵討ちを行った赤穂浪士は、武士としての忠義の鏡で、 その功績は「忠臣蔵」として長く語り継がれ、日本人の心情にマッチして愛され続けることになりま す。 しかし近世の人々の価値観や、ものの考え方から推察すると、まず内匠頭の刃傷沙汰は厳然たる事実 として置いておくにしても、赤穂浪士が討ち入りに至る動機には、荒ぶる怨霊としての主君の霊を 慰めること、そして浄瑠璃、歌舞伎の先行作品として定着していた、鎌倉時代の曾我兄弟の敵討ちを 題材とする「曾我もの」の影響が如実に感じられる、といいます。 つまり、近代以前の人々の怨霊信仰、そして流通していた文芸作品の強い影響力、すなわち、討ち入 り事件に対する当時の文化の大きい働きかけを、指摘しています。 また「忠臣蔵」の成立の動機についても、赤穂浪士の討ち入りが、江戸幕藩体制に対する庶民の憤り、 更には、江戸の町が火災や自然災害に悩まされていたことに対する、仇討ちの浪士たちの衣装が、 火事場装束であることの災厄を祓う祝禱性や、願望が込められている、といいます。 歴史的な事件や、それを巡る文学作品の成立過程を、当時の人々のものの考え方や心情に則って考察 することの大切さを、考えさせてくれる好著でした。

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