2021年6月18日金曜日
森まゆみ著「子規の音」を読んで
近代俳句、短歌の革新者正岡子規の、彼が東京で長年を過ごした、根岸周辺を取り上げる
地域誌を創刊し、この地域の環境保全にも関わった著者による、彼自身の俳句、短歌を
多数散りばめた、随想形式の評伝です。
子規の伝記、評伝の類は、既に多数刊行されていますが、これほどに彼の暮らした地域に
密着して、彼の足跡を追った評伝は初めてと思われますし、また、そこに織り込まれた彼
の俳句、短歌作品が、時々の彼の息遣いを直に伝え、読後の余韻を長く残す作品になって
います。
私も子規の生涯は、他の伝記や彼の著作から予め知っていますが、この形式で描かれた
本書は、現に目の前に彼が生きて、多くの知友と文学活動を行い、そして、力尽きて逝っ
たことを体験しているような、臨場感があります。
その短くも波乱に富んだ人生の中で、私の最も印象に残ったのは、彼の人を惹きつける力
です。彼は権威に媚びません。身なりを構わず、金に無頓着ですが人一倍大食漢です。旅
が好きで、文学の革新に並々ならぬ情熱を燃やし、我儘ながら人懐っこく、面倒見が良い。
ざっと彼の性格を並べましたが、本当の魅力は、実際に会ってみないと分からないでしょ
う。本書を読んで、彼のごく身近に寄り添っているように感じられるだけに、その辺が
非常に歯がゆく感じられます。ただ、付記されている俳句や短歌に、そのことを憶測させ
るヒントがあるように思われます。それこそが、近代の短歌形式の文学の魅力の一つで
あると、感じられました。
また、子規の俳句、短歌で言えば、本書の表題にもなっていますが、彼の作品の特徴は、
読むと内部から音が聞こえて来るものが多く存在し、そのような作品に秀作が多い、と
いうことです。その典型が「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」で、本書を読んでこの俳句の
魅力に、改めて気づかされた思いがしました。
更には、明治29年の三陸大津波に対する子規の言動が、印象に残りました。彼は、以前に
旅をした東北の地の惨禍に大変心を痛め、病身にありながら、自らが責任ある立場にいる
新聞社の報道員を、いち早く現地に向かわせ、紙面で惨状を伝えると共に、自身も被災地
を気遣う、心打たれる俳句を作りました。
災害が多発する、現在の私たちの社会状況に照らしても、報道人としての彼の気概は、
十分敬意に値するものであると、感じられました。
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